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シンとザナルカンド 〜FF10の構造分析(1)





〜はじめに

 「ファイナル・ファンタジー10」(以下FF10)はスクウェア社からプレイステーション2で発売された、ロールプレイングゲーム(通称RPG)である。DVD−ROMという大容量媒体を通じて、映像はより美しく、シリーズ初の音声付でゲームの可能性が更に広がったと考えるべきだろう。ここではFF10の物語としての構造を、いくつかの主題を挙げながら、分析していきたい。所謂「ネタバレ」を過分に含んだ記述になる。ゲーム発表から1年が経とうとしているし、新作「FF11」も発売になったので、わたしなりに大丈夫だろうと判断した。もし、「FF10」未経験の方で、ゲームの内容を知りたくない、という方はどうかこの文章をご覧にならないで頂きたい。
 結論から言えば、「シンはピノキオだ」と述べたり、涙の終幕は「鶴の恩返し」だと書いたりしている。そういう解釈が許せない、という方もお目を通さない方が精神衛生上よろしかろう、と思われる。
 分析する項目は以下の通り。かなりの長文になるので、三回に分けて発表する予定だ。


1.RPGの魔法物語としての構造
2.探求の旅
3.禁忌は破られる
4.主人公の存在
5.シンなるもの
6.ザナルカンドという理想郷
7.出会いと別れ

(FF10-2)
1.異界への道
2.偽主人公
3.再会のとき




1.RPGの魔法物語としての構造


 ウラジーミル・プロップという文学研究者がいる。かの有名な魔法物語31の単一の類型を打ち出した人物である。プロップによれば昔話は同じ構造に添って進行していく。以下、31の機能を列挙してみよう。

[0] 導入の状況(α)
[1] 留守(β)
[2] 禁止(γ)
[3] 違反(δ)
[4] 探り出し(ε)
[5] 情報漏洩(ζ)
[6] 謀略(η)
[7] 幇助(Θ)
[8] 加害(A)
[8a] 欠如(a)
[9] 仲介あるいはつなぎの段階(B)
[10] 対抗開始(C)
[11] 出立(↑)
[12] 贈与者の第一機能(D)
[13] 主人公の反応(E)
[14] 呪具の贈与・獲得(F)
[15] 二つの国の空間移動(G)
[16] 闘い(H)
[17] 標づけ(J)
[18] 勝利(I)
[19] 不幸・欠如の解消(K)
[20] 帰還(↓)
[21] 追跡(Pr)
[22] 救助(Rs)
[23] 気づかれざる到着(O)
[24] 不当な要求(L)
[25] 難題(M)
[26] 解決(N)
[27] 発見・認知(Q)
[28] 正体露見(Ex)
[29] 変身(T)
[30] 処罰(U)
[31] 結婚・即位(W)

 如何だろう。

 仮に、わたしが、魔法物語や幻想小説を創作しようと思い立つ。プロップの法則に基づいて組み立てていけば、素人のわたしでもそれなりのものができあがってしまうだろう。この31の類型は便利かつ末恐ろしいものなのである。
 プロップはロシア人なので、この法則はロシアの民話、広く言えば西洋の民話には当てはまるようだ。日本の昔話はどうだろう。(アジア、アフリカ等他の国の民話と比較してみてもきっと面白いだろうと思われる。ここではそこまで調べると収拾がつかなくなり、かつ莫大な時間もかかるので、わたしが良く知っている日本の昔話に限定させていただきたい。)
 「桃太郎」「浦島太郎」「猿蟹合戦」「かちかち山」。
 ざっと思い浮かべてみても、どうもしっくりこない。西洋がアレクサンダー大王、ローマ帝国、ゲルマン民族の大移動のように、獲得、征服型なのに対し、日本は島国で鎖国をしていた協調型だ。「オデュッセイア」「ニーベルンゲン」や「ベーオウルフ」のような壮大な叙事詩が遺されているようにも思えない。「古事記」や「日本書紀」もちょっと違う。日本の昔話は一つ一つのエピソードが短く、あまり発展しない。魔法も現れない。日本の物語の特徴的な構造は後程述べることにしたい。

 では、RPGの構造に話を進めよう。ゲームを経験している方なら、既にお気づきだろう。このプロップの類型は多くのRPGに相似する。日本生まれのRPGが本来日本に存在しなかった魔法性、ファンタジー的壮大な物語を獲得するためにプロップの類型を取り入れざるをえなかった、と考えられる。
 日本の二大RPG、「ドラゴン・クエスト」と「ファイナル・ファンタジー」。プロップの機能により忠実なのは「ドラクエ」であるように思える。勇者は小さな街を出発し、竜を倒し、姫を救出し、結婚する。この形式は(もちろん多少の変形はあるが、それらを含めて)頑ななまでに守られている。そのあたりが二つのゲームの方向性の違いのひとつだろう。

 さて、「FF10」である。冒頭部分を少々強引にこのプロップの機能に当てはめてみよう。プロップによると、これら31の機能がもちろんすべての話に出てくる訳ではない。なかでも不可欠の要素は「加害」(または欠如)らしい。もちろん「FF10」の「加害」はシンである。


[0] 導入の状況(α)
   主人公、ティーダはザナルカンドでブリッツボールの試合に出る。

[8] 加害(A)
   シンが襲来する。

[8a] 欠如(a)
   何も対抗する手段がない。

[9] 仲介あるいはつなぎの段階(B)
   街の人々、ティーダは逃げ惑う。

[12] 贈与者の第一機能(D)
   アーロンが現れる。

[13] 主人公の反応(E)
   明らかに危険な方向へ導くアーロンに戸惑うティーダ。

[14] 呪具の贈与・獲得(F)
   アーロンから「ジェクトの土産の剣」を渡される。

[10] 対抗開始(C)
   剣を手に戦い始める。

[11] 出立(↑)
   アーロンは「覚悟を決めろ」「おまえの物語だ」とティーダを促す。

[15] 二つの国の空間移動(G)
   ティーダはザナルカンドからスピラへやって来る。




 かなり順番はバラバラになるが、プロップの機能はかろうじて有効のようだ。ティーダがスピラに来た後の展開は長く、複雑だ。どれに対応するかひとつひとつ考えていっても良いのだが、おそらく無駄に長くなるだけだと思われる。
 民俗学者アラン・ダンダスの指摘によると、プロップの機能は連鎖(二つ組になって)の連続で現れる。もちろんゲームの道中には無数の「闘い/勝利」があり、行方不明のユウナの「追跡/救助」があり、敵対者(シーモア、エボン寺院)の「謀略/幇助」、「変身/処罰」がある。

 物語の最も不可欠の要素「[8] 加害(A){または[8a] 欠如(a)}」から「[19] 不幸・欠如の解消(K)」の流れについてもう少し考察してみよう。
 この二つの機能は連続ではなく、物語の最初と最後に現れ、その間に他の機能が挟まれる。「FF10」の「加害」はシンである。スピラに欠けているものは平和(ナギ節)であり、単純に言えば、最後にシンは殺される(不幸の解消)。
 もう一つの世界、ザナルカンドはどうか。語り好きな爺さんの口から、ゲームに先立って、千年前にザナルカンドとベベルの戦争があり、ザナルカンドが滅亡した事が明らかになる(加害)。夢の世界として召還され続けているザナルカンドに欠けているものは現実だ(欠如)。最後に祈り子たちは夢見る事を止める(欠如の解消)。つまり、「FF10」は魔法物語の基礎的必要最低限の要素は満たしている訳になる。

 プロップの類型と「FF10」が決定的に別れるのは最後、「[31] 結婚・即位(W)」になるのだが、これについての言及も後回しにして次の主題へ話を進めよう。





2.探求の旅


 代表的な探求物語は何と言ってもアーサー王の聖杯物語だろう。円卓の騎士は聖杯探求の旅を続け、最終的に見つけ出した聖杯は消えてしまう。「探求/消滅」は一括りとして考えられる。
 プロップの機能では[4] 探り出し(ε)。捜索は、RPGの根本的使命だ。宝箱を探し、街を探し、セーブポイントを探す。苦労の末に隠しアイテムを発見すると結構うれしかったりもする。現実ではそううまくいかないが、物語上では探し物は必ず見つかる。「探求/発見」。「FF10」では最初に提示される旅の最終目的はシン、ザナルカンド、究極召喚を探し出すこと。もちろんすべて「探求/発見/消滅」の流れに従うのはご存知の通り。
 聖杯には様々な条件がついている。「探求/条件」。聖杯は最後の晩餐に使われた容器だの、磔のキリストの血を受けた杯だの、傷を癒すだの、食べ物が溢れ出てくるだの。眉唾物ではないかとわたしは思ったりする。(こんな事をキリスト教の信者に話せば即刻殺されるかもしれない。)要するに提示される条件が聖杯の神秘性、信憑性を高める訳だ。「条件/付加価値」。結局探求に成功するのは完全無欠、純潔の騎士(怪しい響きだ)ガラハッドだ。ガラハッドの父、ラーンスロットは王妃グウィネヴィアに対する不義の愛のために、聖杯を見る資格すら持たない。

 (脇道に入れば、ガラハッドの完全無欠性は怪しいものだ。そもそもガラハッドはラーンスロットが魔法をかけられてグウィネヴィアと思い込んだ女性と同衾した結果生まれたのだ。かのアーサー王でさえ同じ出生の秘密を抱えている。ガラハッドの出生の不完全さは童貞で贖われているので大丈夫らしい。このあたりは倫理観の違いなのか、アーサー王好きのわたしにも理解に苦しむ点である。)

 「FF10」でザナルカンドに与えられた条件は、「ティーダの帰りたがっている場所。」「1000年前戦争で滅亡した廃虚。」「エボン・ジュの究極召喚による夢の世界。」
 シンに与えられた条件は、「人間に与えられた罰。罪が消えない限り何度でも復活する。」
 究極召喚に与えられた条件は、「シンを倒せる唯一の方法。」「ガードの一人を祈り子として差し出す。」
 「探求/条件/付加価値」の流れがお分かりいただけると思う。


 先程「ドラクエ」がプロップの機能に忠実である、と述べた。対して「FF」は「7」以降、探求の主題を大きく取り上げている。すなわち「自分探し」である。「FF10」はこの究極形だと思うのだ。プレイヤーは「自分(ティーダ)の物語」だと盛んに煽られる。主人公は何者なのか、何処から来たのか、の謎はザナルカンドに辿り着くまで持ち越される。
 ティーダの条件は、「ザナルカンド(海)から来た少年」「ブリッツのエース」「ユウナのガードで恋人」「夢の産物」。
 「7から9」までは主人公は自分探しの旅を終えた後、女主人公と結ばれる西洋的(プロップ的)大団円の結末となっていた。「10」では主人公は消えてしまう。聖杯の如く、泡の如く。





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